大震災の折、交通機関が全て止まってしまい、何時間もかけて歩いて帰宅した夫。震災から暫くして、夫が電動スクーターを購入して会社に置いておくと言い始めました。夫は買う気満々でしたが、私は正直必要ないと思いました。そもそもうちの夫、出張が多くて会社にいることは少ないです。会社に駐車スペースもないです。結局、夫の電動スクーター購入計画は却下となりました。
実家では駐車場を貸しています。とは言ってもそんなに大きな駐車場ではなくて10台分です。借りているのは近所の大学生だったり隣の居酒屋です。それでも10台分ともなれば結構な収入になります。都会だからかもしれませんが駐車場って副業としては結構割のいい仕事ではないかなと思っています。地主とかで土地を沢山持っているなら尚更いいですよね。
「CBC賞・G3」(12日、阪神)
G1で2度の降着を味わったダッシャーゴーゴーが、汚名返上を掲げて再出発する。高松宮記念後は短期放牧を挟んでリフレッシュ。帰栗後は豊富なケイコ量を消化し、1週前には栗東坂路で一番時計をマークするなど好気配を漂わせている。仕切り直しは前走と同じ舞台。本来の力を見せつけて、秋の決戦へ向けて弾みをつける。
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昨年のスプリンターズSは直線での内斜行により2位入線から4着、巻き返しを期した前走の高松宮記念では4位入線から11着。G1で2度続けて降着となったダッシャーゴーゴーが、復権に向けてリスタートを切る。
放牧先の宇治田原優駿ステーブルから3週前に帰厩。ここまで豊富なケイコ量を消化している。1日に行われた1週前追いでは、同日の栗東坂路の一番時計となる4F51秒1をマーク。5日にも坂路で4F60秒7‐42秒5‐11秒6としまいを鋭く伸ばした。「相変わらず攻め馬は動きますね。以前は馬場に出るときにトモを外したりしていたが、今は弱さが徐々に解消されて、たくましくなったと思う」と安田師は成長ぶりに目を細める。
度重なる降着劇にも、肩を落としている暇はない。昨年のセントウルSで重賞初Vを決めるなど本来、阪神は得意のコースでもある。まずは前走の苦い思い出を払しょくしたい。「川田ジョッキーとも“汚名を返上しよう”と話しました。彼はこの馬の癖を心得ていますからね。実戦では燃えやすいタイプなので、3角の時点でいかに脚をためられているか。そこがカギになってくると思います。坂のあるコースはいいし、結果を出しておきたい」と腕まくり。
秋は連覇のかかるセントウルS(9月11日・阪神)をステップに、大目標であるスプリンターズS(10月2日・中山)を見据える。悲願のG1初制覇を狙う季節へ、トップハンデ58・5キロでも力の違いを見せつける。
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「デイリー後援・アオノオープンゴルフ2011」(6日、青野運動公苑アオノGC)
プロ48人、研修生20人、アマチュア124人が参加して行われ、プロ・研修生の部は、研修生の阿部剛丈(23)=スプリングフィールドGC=が6アンダーの65で優勝し、賞金100万円を獲得した。今年で第16回大会を迎えたが、研修生が優勝したのは初めて。アマの部は中学1年の小斉平(こさいひら)優和(13)が4アンダーで制し、アマチュア特別賞となるシニアの部(55歳以上)は朝田剛司(60)が1オーバーで優勝した。なお、賞金の10%が東日本大震災の義援金として、日本プロゴルフ協会を通じて日本赤十字社に寄付される。
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並み居るプロを蹴散らし、大会史上初めて“プロの卵”が栄冠を手にした。「びっくりしてます。まさか本当に勝ってしまうとは」。優勝カップと賞金100万円の目録を前に、阿部は信じられないといった表情を浮かべた。
インスタートの11番パー5でピン下2・5メートルに2オンして幸先良くイーグル。後半も4番から3連続バーディーでスコアを伸ばした。結果だけを見れば、若さを爆発させた18ホールだが、実は腹痛を懸命にこらえながらのプレーだった。
昨年、難病指定の「潰瘍性大腸炎」を発症した。この日も朝から調子が悪く、前半終了後のインターバルでも昼食をとれず、クラブハウスのソファで横になっていた。「あまりにも痛いので途中で棄権しようかと思ったけど、スコアが良かったのでやめられなかった」
岐阜のスプリングフィールドGCの研修生。09年にプロテストを受けたが不合格。昨年は病気のため3カ月入院し、受験できなかった。「病気が分かった時はかなり落ち込んだけど、今はこの病気と一生、付き合っていくと覚悟を決めた」。朝昼晩と毎日9錠の薬をのんで病気を抑えている。
大学時代にツアー7勝の今野康晴と知り合い、今季も中日クラウンズでキャディーを務めた。今野のアドバイスで、ドローだった球筋をフェードに変えてスコアが安定し始めた。間近で見るプロのプレーから学ぶことも多いという。
「今年はきっちりとテストに受かって、早く両親を安心させたい。いずれはツアーで戦って、みんなから顔を覚えてもらえるプロになりたい」。アオノでの大金星を弾みにトッププロを目指す。
「デイリー後援・ザ・カンムリワシ・ファイトvol38〜東日本大震災チャリティーマッチ〜」(6日、後楽園ホール)
ボクシング元WBA世界ライトフライ級王者でデイリースポーツ評論家の具志堅用高氏(55)が6日、16年ぶりのリング復帰戦で執念の“完闘”を果たした。ジム主催興行で行われた女子ボクシング元世界王者・菊地奈々子(36)の引退セレモニーで2分2ラウンドのエキシビションマッチで激突。初回に受けたボディーへのダメージで、あわや“1回終了TKO”かという危機を乗り越えた。具志堅氏は今秋に計画中の世界王座奪取35周年イベントで渡嘉敷勝男氏(50)との“因縁の再戦”を明言した。
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16年ぶりのゴングが鳴った。具志堅氏は前回のテツを踏まないよう、入念にアキレス腱を伸ばしてから、ヘッドギアをつけずに飛び出した。
最初の1分間は軽快なフットワークでサウスポーからの右ジャブを繰り出したが、徐々に失速。菊地のボディー攻撃に顔をゆがめた。息切れしてクリンチしたつもりが、レフェリーに“セクハラまがいのホールディング”と注意され、おどけた顔で「Why?」と両肩をすくめる余裕も残して場内を大爆笑させた。
ところが、1回終了後のコーナーに戻ると、疲労困憊(こんぱい)となった具志堅氏の表情から余裕は消えていた。「思った以上に厳しかった。1回で終わるかと思ったよ。ボディーが効いたね」。だが、意地で立ち上がった。95年の阪神・淡路大震災チャリティー興行では協栄ジム時代の後輩・渡嘉敷勝男氏と3分2回で対戦したが、1回途中でアキレス腱を断裂して病院送りに。無念の“途中降板”だけは繰り返したくなかった。
重い体にむち打ってコーナーを出た。81年の現役引退から30年‐。カンムリワシは“本能”で戦った。防戦一方となり、口からマウスピースを半分出しながら、フラフラで戦い抜いた。終了のゴング。具志堅氏は開口一番、「ちょっちゅ、きつかった!」とタレント魂をさく裂させて場内を笑いの渦に巻き込むと、「ハ〜ッ、ハ〜ッ」と肩で息をしながら「第2の人生、頑張って」と引退する愛弟子にエールを送った。
渡嘉敷氏は「あんなに動ける(今月26日で)56歳はいませんよ」と絶賛。具志堅氏は「2キロ減量してなかったら1回で終わってた。調整して、よかった。気持ちいいよ」と笑顔。“次戦”については「トカちゃんとリターンマッチだ!!」と宣言した。「9月末くらいに、僕のチャンピオン獲得35周年イベントを開催し、そこで山口直子の世界戦をやりたい。トカちゃんとの試合も?ちょっちゅね」。今秋にも“因縁の再戦”が実現しそうだ。
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